第4話 〜初陣〜


カーンカーンカーンッ
カーンカーンカーンッ
カーンカーンカーンッ

「!」

「!!」

「今の音は…?」

南を重点に、北以外の三方向に柵を立て終えた頃。
突然、甲高い鐘の音が村全体に伝わるよう鳴り響いた。
傍にいた徐真殿と徐栄殿は顔を上げ、すぐに立ち上がり――武器を持った。
もしや、これは――。

「敵襲の鐘ですか?」

「ええ、そうよ。すぐに支度をして」

「鐘の音は三回響きました。つまり、南より攻め寄せたということ…」

「か、かなりしっかりと決められているのですね」

これだけしっかりと決めているのならば先の奇襲はないはず。
…つまり、賊を迎撃してから急遽考えたのか?
チラッと徐真殿を見る。
私を見返した徐真殿は呆れ顔で肩を竦めた。

「何もしてなかったから奇襲されたしねぇ。さすがに対策するさ」

「さすが母上っ」

「…褒めても何もあげんぞ、士徽」

「……とりあえず、南に行きましょう」

徐栄殿は少々姉上に似ているのだな、と少しばかり考えてしまった私は悪くない。
無駄話もそこそこに、三人で南へと向かう。
先程立てた柵の内側で戦えると思われる者たちが準備をしていた。
その数…5人。

「賊の数は見えたかい?」

「へ、へい。そりゃあもう、たくさんでっさ!」

…数を聞かれているのにその答えが“たくさん”って…どうなのだろうか。
あ、徐真殿がため息を吐いた。
……よく、この戦力で撃退できたものだ。

「……士徽」

「分かりましたっ」

徐真殿に呼ばれた徐栄殿がスルスルと誰かの家の上へと登っていく。
そして、ジッと遠くを見つめた。

「……多分、七十ぐらい、かなぁ?」

「前回ほどではないにしても、七十か…」

「じょ、徐真さん。あっしらは大丈夫なんですか?」

「オ、オラたちこれっぽちしかおらんし」

「ま、負けたら殺されるだか?」

さすがに中心である徐真殿の不安を感じ取ったのか、周りの村人たちが口早に問いかけている。

「……」

ただ、状況が状況だけに簡単に答えられない。
現に、徐真殿は口を固く結んだまま何も話そうとはしなかった。
最も、そればかりに気を取られているわけにもいかない。
賊総勢七十前後がすぐそこにまで近づいているのだ。

「母上っ、迎撃しましょう!」

「…そうだな。皆は柵の内側で待っていてくれ」

「し、しかし徐真様は…?」

「私は士徽と劉藍殿の三人で……特攻する」

「む、無茶でっさ!あの土煙に三人で戦うなんて!」

「それに、あなた様がいなきゃあっしらは――」

「言うな。…どっちにしろ、私たち三人は奴らと戦わねばならぬ運命」

そろそろ頃合いか。
戦う準備を、と剣に手をかける。
しかし、うまく剣を抜けないことに気がつく。
見れば、自身の右手が震えていた。
気づかれぬよう、左手で抑え込む。

「……この期に及んで、臆病風にでも吹かれたか。しっかりしろ、劉義封」

一度右手を力強く握りしめ、そして震えが治まった瞬間を見計らい剣を握り、鞘より解き放つ。
何時ぞやと同じように、刀身が眩いばかりに光り輝く。
そして、その剣をそのまま目の前で土煙を上げて迫り来る賊へと向ける。

「狙うはただ一つ、賊首領の首」

「むっ、ならどっちが先に獲れるか勝負ですっ」

心構えを口にした瞬間、後ろから徐栄殿の声。
突然だったので、少しばかり驚いたのは誰にも内緒だ。

「先に潰れてくれるなよ?」

「そっちこそ!」

本当なら、戦いの前にこのような気持ちではダメなのだろうが…これぐらいの心持ちでなければ私自身の心が参ってしまいそうだからな。

…人を、斬る。
私にその力があるのか、未だに疑問ではあるが……殺らねば殺られる。
さぁ、迎え撃とうか。




私たち三人は村を守り切らねばならない以上、柵の外で応戦するしかない。
しかし、こちらが三人に対し、敵は七十。
いくら知恵を持たぬ獣と言えど、これではこちらに食いつかな――

「殺せーッ!殺せーッ!!」

「手加減することねぇ!滅多切りにしてやれぇッ!!」

「あの女ぁ…俺たちの仲間をずいぶんと殺してくれたからなぁッ」

「男はバラバラに引き裂いちまえ!あの女以外の女は好きにしろ!あの女だけはボコボコにして全員が見てる目の前で犯してやるッ!!」

「……」

「……」

「……」

食いつきそうだな。
囮にするのは申し訳ないが……さてさて。

「母上…先の戦闘でどのような戦ぶりを披露したのですか?」

「私も気になります。…ここまで敵が怒り狂う姿も中々ありません」

――って、だから何故、いかにも過去で戦闘を見てます的な発言をしているんだ私は。

「うーむ…。特別何かした記憶はないのだが…」

「あの女…俺の上着を斬りやがってッ!!」

「俺の頭巾を斬りやがってッ!」

「俺の腰布を斬りやがってッ!!ハァハァ」

「――と、言っていますが」

というか、最後の腰布って言った奴、ハァハァしながら言うな。
見かけが太い分、気持ち悪さが乗算されて益々気持ち悪いわ!!

「…全く記憶にないな。ほとんど囲まれた状態で滅多切りにしたからね。そして最後の奴、気持ち悪過ぎて相手できないわ」

「え?」

「同感です。あのような輩、剣の錆どころの話ではありません」

「え?えぇ!?」

「何か策はないかしら、軍師殿」

「いつから劉藍殿が軍師に!?」

「無論、早急に用意しました」

「ちょ、早過ぎません!?」

「此処に一本の杭があります」

「ど、どこから取り出したんですか、それっ!?」

「続けて…投げます」

「あ〜ら不思議、あの気持ち悪い輩が木端微塵ですこと」

さて、気を取り直して直して……。

「――…と、言っていますが」

「…全く記憶にないわ」

「ええっ!?そこからやり直すんですか!?」

「何を言っているのかな、徐栄殿」

「そうよ、何を言っているのかしら士徽ったら」

「…な、何故でしょうこの理不尽…」

そこはつっこんではいけないのだ、徐栄殿。
…そして、よく分からぬ勢いのまま杭で敵を殺した訳だが……何も感じないな。
誰かを殺した罪悪感も、他の者の命を奪った苦しみも、他人の想いを背負う重圧感も…。
何一つ…感じない。

私は…何かを忘れているのか?
母上に拾われ、これまで生きてきた十四年という月日の中、一日たりとも記憶を失うような大事をしでかした覚えもない。

ならば何だ。
私は…何かを知っていたのか?
この世に生まれ、母上の家の門の前に捨てられるまでの間に、見たとでも言うのか?
私は…私は……。

「――殿っ!劉藍殿っ!」

「――!ど、どうかしたのか、徐栄殿」

「やっと反応したっ!もう、急に動かなくなったから心配したよ?じゃ、先に行くから、ねっ!」

「…すまない。もう大丈夫だ」

徐栄殿を見送り、そのまま杭を投げた右手を見つめる。
普段であれば付いているであろう土汚れもない、それであって鎌や鍬を扱っており、最近では剣も握っているがために生まれた掌の固いマメがある、この右手。
汚れていない、この右手。
それでも、他の者の命を奪った右手。
……本当に、何も感じないのだな。

「…今は、何も考えないでおこう。迷いは刃を鈍らせる。そう、教わった」

『オオオオオオオオッ!』

「頃合いか。…斬るッ」

覚悟がない訳ではない。
だからこそ、今一度その覚悟を心に打ち込み、目の前の魍魎へと突撃する。
目指すはただ一つ――

「我が名は劉義封ッ!村を狙う賊たちよ!ここで散るがいいッ!!」

この賊を従えし首領の首。
それさえ落とせば――勝てるッ!

「邪魔をするなァアアアア!!」

一番近くに居た敵の頭を斬る。
その後ろに居た敵の剣をかわし、すれ違う瞬間に首を斬る。
左右から迫る敵の武器を相打たせ、怯んだ隙に胴体を深く斬る。
背後から迫った敵に間一髪気が付き、薄皮一枚で避け、続けざまに敵の頸椎を突く。
右手から迫る敵の利き手を斬り裂き、左手から迫る敵の頭を斬り、正面から斬りかかってきた敵の剣を受け流し、喉を掻っ切る。

気がつけば、私の周りには動かぬ肉の塊で溢れかえっていた。
その塊の外を取り囲むように、敵の姿が見える。
その目に映るのは恐怖。
得体の知れぬ、己の範疇を超える何かを目の前にした…哀れな道化がそこにいた。

「…来ぬのなら…こちらから行くぞッ!」

本来であれば、兵数で負けるこちらが真っ向勝負を仕掛けるのは下策な訳だが…士気の低い今が、敵の首領を叩く好機。
少しばかり周囲を見渡し、一番敵が密集している位置を確認。
その辺りから怒声が響く点を考えると、おそらくそこが敵の首領が居座る場所なのだろう。
そこまで考えた上で、一気呵成に突撃する。
目の前の敵は既に腰が引けており、戦意喪失している。
村を護るため、敵兵は全て殺しておきたいが…今は時間が惜しい。
すれ違い様に足を斬りつけ、機動力を奪っていく。
これで簡単には逃げられない。

そうこうしている内に、見えたのは一際大きな斧を担ぎながら周りの者に叫び続ける一人の男の姿。
間違いない、奴が――

「――何度も同じ事を言わせんじゃねぇッ!たかが三人にどれだけ手こずるつもりだって聞いてんだろうがッ!!」

「で、ですがお頭…あいつらつえーんですって」

「つべこべ言ってんじゃねぇッ!!周り囲んで攻撃し続けろって――」

「お頭!」

「――ッ!!」

一撃で仕留めるべく、渾身の力で剣を振るう。
その全力で振り抜いた剣は、残念なことに敵の喉を掻っ切ることなく敵の斧に防がれた。
ほんの一瞬ではあるが…私が剣を振り抜くよりも先に敵兵がこちらに気がつくのが早かった。
その一瞬が…今の現状を生み出した。

「てめぇ…ッ!」

「この賊を率いる首領と見受けた。村を護るため、生かしてはおけぬ」

「ガキが吠えるじゃねぇかッ!!オラッ!!」

「くっ!」

拮抗状態から、戦況はすぐに変化した。
大きい斧を武器に選んだのは伊達では無いようで、力づくで押し返されてしまう。
姿勢を立て直すため、数歩後方に下がり、同時に周囲の状況も確認する。
どうやら周りの敵兵は手を出すつもりはないらしい。
武器こそ構えているものの、滲ませる雰囲気は弱々しい。
周りを気にする必要がないのは幸いと言えよう。

「ハァッ!」

「そんな攻撃が通じるとでも思ってんのか!!」

全力で振り抜く剣を、敵は軽々と弾き返す。
そして、溜めの動作から繰り出される単調な振り下ろし攻撃を、左右へと動くことでかわし、反撃へと移る。
その反撃を防ぐべく、敵は斧を盾のように構えてこちらの攻撃を一切通さない。
…村を襲うといった卑劣な事をしている割に、中々の武を持っている。
だが、ここで感心している暇はない。

再び剣を振り抜く。
だが、今回はただ振り抜くだけではない。

「――ふっ」

「!?チィッ!」

先程と同じように斧を盾のように構えたのを見て、すぐさま狙いを頭から足へ切り替える。
防げないと感じたのか、悪態を吐きながら後方へと逃げた。
後方へ逃げたことで、敵は持っていた斧を下げていた。
再びこちらの攻撃を防ぐには下げた斧を今一度構えなければならないだろう。
ここが、最大の好機!

「らあッ!!」

「なっ、ぐぅッ…!」

勢いよく大地を蹴り、僅かに開いた距離を一気に詰める。
そして、その勢いを乗せたまま剣を振り抜いた。
後方に下がったことで油断したであろう首領は、下げていた斧を慌てて持ち直そうとしたが…今回はこちらの攻めが早かった。

赤い液体が宙を舞う。
返り血を浴びつつ、私の眼は己の剣が敵の首領の首に深々と突き刺さっている光景を見つめていた。
一振りで仕留めきれなかったのは痛いが…致命傷だ。

己の死を予感したのだろう。
死に物狂いで武器を持っていない左手を私の首へと伸ばしてきた。
ここで掴まれては道連れにされる。
一瞬の判断で敵を踏んで蹴ったため、難を逃れた。
剣は蹴って下がった勢いでずるりと首から抜けた。
そのため、吹き出す血飛沫は勢いを増した。

「がッ、ぜっ、はッ、ぐっ……ぐぉぉぉ」

斬られた首の箇所を懸命に抑え、何とか出血を抑えようとしているが…無駄だ。
このまま放置したとしても死を免れることは出来ないだろうが……それでは駄目だ。
幕は、しっかりと下ろさなければ、な。

「ま、待て――」

「己の罪を、死後の世界できっちり清算しろ」

ドシュッ!




――――――――――
――――――――――
――――――――――




敵の首領格は私、劉藍の手によって死んだ。
そのことを周囲に知らしめるため、声高々に叫ぶ。
周囲で私たちの一騎打ちを眺めていた敵兵が叫びながら逃げたこともあり、敵軍は総崩れで逃げ始めた。
ただし、今回の戦いは出来る限り敵兵を討ち取る必要がある。
真っ先にこちらに背を向けて逃げ始めた敵兵を追いかけ、その背を力一杯斬りつけ、足を怪我したため機動力を失い、この戦場から思うように逃げられぬ敵兵の首を問答無用で刎ねた。

傍から見れば、私の姿は悪鬼にしか見せぬだろう。
最後の一人が動かなくなったことを確認し、心の底で自分自身の姿を嘲笑いながら剣についた血を拭き取る。
…本当に、何も感じない。
人を殺したというのにも関わらず、全くその行為に心が痛まない自分。
やはり…どこか自分は壊れているのだろうか。

「お疲れ様ですっ、劉藍殿!」

「…お疲れ様です、徐栄殿」

色々と考えている内に背後から徐栄殿が駆け寄って来ていた。
そのさらに後方からは彼女の母である徐真殿の姿も見える。
ところどころ血は付着しているものの、怪我したようには見えない。

「怪我はしていませんか?」

「はいっ。私も母も無事ですっ!むしろ、劉藍殿こそ御無事でしたか?聞けば、敵の首領を一騎打ちの末討ち取ったと聞きましたが…」

「ええ、この通り怪我一つしておりません。一騎打ちに関しては運が良かったとしか言えませんが」

「いえっ、運とは言っても間違いなく勝たれたのですからそこは胸を張ってくださいっ」

「……優しいですね、徐栄殿は。ありがとうございます」

「そ、そんなことありませんよっ」

徐栄殿の爛漫さに少しだけ心に余裕が生まれた。
とりあえず、村へ報告に向かうとしよう。
全員倒したことは見えたかもしれないが、やはり本人たちの口から伝えた方が安心するだろう。
見たところ、徐真殿や徐栄殿は村の中核らしいから尚更効果的だ。

「戻りましょう、村へ」

「はいっ」

周囲をもう一度見渡し、生き残りがいないことを確認する。
ここでもしも生き残りがいた場合、最悪誰かが犠牲になる可能性がある。
それを防ぐためにも、確認は重要だ。
……どうやら、今回はいないようだ。

……?
今回“は”?

…………止めよう。
ここで考えたところで答えが出るとは思わない。
戦闘に入る前のような茫然としてしまう時間は作りたくない。
考えるだけならば…家でも出来る。
今は…今しかできぬことをしよう。

「どうやら無事だったみたいだね。軍師殿が居たお蔭で助かったよ」

「…軍師はあの場限りの冗談でしょう。あまり引っ張って欲しくありません」

「あっはっはっは!すまないね、反応が面白いからどうしても言ってみたくなってしまうんでね」

「…はぁ」

「おやおや。急にため息なんて何かお悩み事かい?おねーさんでよければ聞いてあげるよ?」

「お断りします」

「そりゃ残念」

カラカラ笑う徐真殿を見て再びため息。
何故だろう、戦いに身を投じた時よりも虚脱感が…。

「母上っ、劉藍殿っ!早く村へ戻りましょう!皆が待っていますっ!!」

「――とのことです。人をからかってないでさっさと行きましょう」

「何だい、連れないねぇ」

「……」

「ちょ、無視は止めて頂戴な!」

とりあえず無視。
一々返答していては日が暮れる。
優先順位は村への報告がずっと上だ。

「苦労するな、徐栄殿」

「へっ?」

「気にするな」

思わず口に出してしまったが、どうやら分からなかったようだ。
分からないならばそれでいい。
…長いようで短い初陣だったな。




「今回は被害がほとんどないまま無事に事を終わることができて本当に良かったです。お疲れ様でした」

「こちらこそ本当に助かったよ。もしもそっちの村が襲われたらすぐに言ってくれ。すぐさま士徽と共に助太刀へ行くさ」

「徐真殿や徐栄殿程の方が援軍ならば百人力です。…ですが、無理は程々にお願いします」

「それはお互い様さ」

ニヤリと笑う徐真殿に思わずニヤリと笑い返してしまう。
短い間ではあるが、それほどに気の合う方だった。
…からかわれるのだけは勘弁だが。

「徐栄殿もお元気で」

「うんっ!今度は何もない時に行くからねっ」

「ええ。何もありませんが、心からお待ちしておりますよ」

徐栄殿と握手を交わす。
いくら年頃が近いとはいえ、初対面にも関わらずここまで親しくなれたのは、奇しくも同じ戦場で肩を並べて戦ったという経験のお蔭か。
戦友とはかなり大きい要素のようだ。

「それでは、私はこれで」

行きは馬だったが、帰りは何もないので普通に歩く。
急ぎでもないのでのんびり帰る。
…母上が心配しているかもしれないから気持ち早歩き、だがな。




こうして私、劉藍の初陣は敵首領を討ち取るという大金星を得て幕を閉じた。
ところで、実は今回の戦闘で、私は敵首領を含め約50人という数を討ち取っていたらしい。
これは、敵勢のほとんどに値したとのことだが、私自身ほとんど注視していなかった。
何だかんだあった初陣の興奮故か、はたまた一刻も早く我が家へと戻りたかった故かは分からない。
だが、これだけは言える。
少なくとも、この時の私は50人もの敵を討ち取ったなどと考えることはなかった。
この事実が、後に私を予想だにしない展開に導く切っ掛けになるとは……。
今の私は全く予想していなかったのである。




∽to be continue∽

   
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