第3話 〜蒼天を覆う雲〜


とある日。
今日は数日かけて編んだ草鞋や筵を路上にて販売している。
そんな私に近づいてくる人物が一人。
足音に気がつき、顔をそちらへと向けてみれば、見知った顔である。

「よぉ、久しぶりに来たぜ坊主!元気にしてたか!?」

「ええ、それなりに。あなたは…聞くまでもなさそうですね――蘇双殿」

彼の名は蘇双。
幽州の中でもかなり辺境にあるこの村にも行商をしに来る強者だ。
昔、理由を聞いてみたのだが、どうやら私が作る作物は冀州の中心都市・ギョウで人気らしい。
あまり数を売れないのだが、それが人気に繋がっているとも聞いた。
どちらにも利益がある話なので、この関係が続いているというわけだ。

「今日も行商に来たので?」

「そうだ。――と、言いたいところだが今日はそれだけじゃねぇ。最近、何かと物騒になってきてやがるからな。忠告に来たってとこだ」

「…物騒、ですか?」

「ああ。――最近、幽州に限らず、広い地域で賊の被害が後を絶たねえ。東は徐州、西は益州、南は広州、北は幽州までってな」

徐州、益州、広州、幽州…。
本当に大陸の東西南北全域で起こっているらしいな。
もちろん、言葉で伝わった情報だから、いつの時の話なのか分からないわけだが…賊が蔓延っているというのは聞き捨てならない話だな。

「そこまで広い地域で被害が…。太守は動いてないのですか?」

「らしいな。どいつも保身に走ってるって噂だ。おかげで割りを喰らってるのは俺たち民ばかりだ」

蘇双殿がため息をついた。
どうやら本気で参っているらしい。
商人という職業柄、それほど精神が弱いとは思えないが、それだけ行商にも影響が出ているとみて間違いないだろう。

「――さぁ、辛気臭い話はここまでにしましょう!忠告とは言っても、私の作物は買っていくのでしょう?」

「…くっくははは!そうだな、暗ぇ話ばっかじゃやってけねぇよな!よっしゃ、今日も買っていこうじゃないか!!」

蘇双殿の顔に笑みが戻った。
その顔を見て、私もニヤリと笑って見せる。
しかし、内心そこまで笑ってはいられなかった。

賊が蔓延している。
蘇双殿がどこで仕入れた情報なのか分からないが、少なくとも幽州にも出現している。
いつこの村に押し寄せてくるか…。
もしも押し寄せてきたら…私は母上や姉上を、隣のおじさんおばさんを、子供たちを守れるのだろうか…。
…いや、考えていても仕方ない。
来たのであれば、全力で迎え撃つ。
ただ、それだけだ。

「――い!おーい!大丈夫か、坊主!」

「!!あ、ああ。…大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」

「…ま、あんな話した後じゃ仕方ねぇか。すまんな、坊主」

ぼーっとしていたら蘇双殿に勘違いさせてしまったらしく、蘇双殿が頭を下げてくる。
まさか、蘇双殿に頭を下げさせてしまうとは。
慌てて蘇双殿に頭を上げて貰うよう頼む。

「い、いえ…動揺を隠しきれない自分が未熟なだけです。蘇双殿が謝ることはありませんから頭を上げてください!――話を続けましょう。これでどうです?」

「むっ、少々厳しいんじゃねぇの?これでどうだ?」

「足元を見過ぎです。いくら賊が蔓延っているとはいえ、ギョウの商人に話を持ちかければ、この値の数倍は出してくれるでしょう?これで」

「言うじゃねぇか、坊主。だがよ、ギョウに持って行くまでの護衛費用を考えるとこの値以上は譲れねぇぜ」

むむっ…さすが蘇双殿と言ったところか。
こちらが思わず頷いてしまいそうなギリギリの値を出してくる。
しかし、こちらには蘇双殿のお伴から貴重な切り札を仕入れてある。
これから先を見据え、金はなくてはならない存在。
もう少し、上げてもらわねば…。

「御冗談を。私が知らないとでも?護衛は私兵であり、色々な方面から育てるという意味合いも含めてお借りしているのだと。この値以下では譲れません」

「…くくっ。情報の使い方が上手くなったじゃねぇか。やれやれ、俺の負けだ負けだ。その値で買おう」

「交渉成立ですね。それでは馬車の方に運んでおきますよ」

想定以上の値で交渉できたので少しだけ笑みが浮かぶ。
ただ、蘇双殿であればさらに交渉できたと思われるから、最初からこの値で買うつもりだったのかもしれない。
何かと懇意にしてくれるからな、蘇双殿は…。

「そうだ、蘇双殿。折り入ってお頼みしたいことがあるのだが…」

「おうおう、どうした急に。俺とお前の仲だ。多少ぐらいなら聞いてやるぜ?」

「…武器が欲しい。賊が次々に現れている今、母上を、姉上を、この村の皆を護れるように…」

「…坊主――いや、劉藍。お前さん、武器を扱ったことは?」

「ない。だが、なければ慣れることもできない」

「……良い眼だ。…ったく、知り合った当初は子供だと思ったんだが、知らん内に男になりやがって……ちょっと待ってろ」

私の眼を見た後、蘇双殿はどこかへと歩き出してしまった。
残された私はどうすることもできず、ただ立ち尽くしているばかり。

幾ばくか経過し、向こうの方から蘇双殿の姿が見えた。
その手には何やら長細い物が握られている。
近づいてくるとその長細い物の正体が明らかとなる。
それは――

「ほらよ。受け取りな」

「っとと。…これは?」

「俺の持ってる中で一番良い代物だ。ありがたく使いな」

「し、しかし…見ただけでも名のある業物でしょう?私如きが――ッ!?」

恐れ多いとばかりに謙遜していると、思いっきり頭を殴られた。
痛みで涙目となりながら蘇双殿を見上げる。
そこには呆れ顔で肩を竦めた蘇双殿。

「馬鹿野郎。俺が持ってたところで売っちまうか、埃被って寝ちまうだけだ。…お前が使った方がこの剣も本望だろうよ」

「しか……分かりました。有り難く受け取ります」

それでもなお断ろうとしたが、蘇双殿の姿を見てすぐに考えを改める。
眼の前で拳を振り下ろしそうな状態の姿を見れば誰だって考えを変えるだろう。

「大人しく受け取っておけ。この剣を使うことはお前の運命だったんだろうよ」

「運命…」

「難儀な話だがな」

「金はいいのですか?」

「ああ。こいつはお前さんへの先行投資だ」

「先行投資…?それは…商人の勘ですか?」

「おぅよ!お前は将来、大物になる気がするからな」

「…後悔させませんよ、必ず」

剣の鞘を握りしめる。
冷たい金属の感触が、手にずっしりと重さを伝えているような気がする。
予想以上に重たいと感じるのは覚悟が足りないせいか…?

蘇双殿に目で確認したのち、鞘から剣を抜く。
真上に掲げ、刀身を日の光に反射させてみる。
…眩いばかりの輝きが眼に痛い。
そして、それ以上に心に圧し掛かる何かがある。
これが…命を奪う覚悟だろうか。

「ま、お前がその剣で大陸中の民を救ってくれりゃ、俺も自由に商売ができるってもんだ。…頑張れよ」

「…ありがとうございます。蘇双殿」

「おう。礼は出世払いで頼むわ」

颯爽と立ち去って行った蘇双殿を見送り、商売を再開する。
しかし、私の心は剣のほうにあった。
時間がある限り、剣の鍛錬を積むべきだろう。
いつの日か来るだろう、賊の襲来に備えて。
その時、己の手で皆を護れるように。




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「ふっ、せいっ、はっ!」

斬る斬る斬る。

「せいっ、らぁっ、やぁっ!」

斬る斬る斬る。

「おぉぉぉおおおおっ!」

ただ、無の心のままに剣を振り続ける。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。ふぅー…」

蘇双殿からこの剣を貰って以来、暇さえあれば振り続けている。
鍬や鎌のような農作業に使う道具とは比べ物にならないほど重く、最初のころはまるで使いこなせず、剣に振り回されてばかりいた。
しかし、数日ほど振り続けていると身体が剣の動きに慣れたためか、少しずつではあるが剣に振り回されることなく、振ることが出来始めてきた。

…それにしても、私は何故ここまで身体が動かせるのだろうか。
全く使ったことのない道具を、ずぶの素人が使い始めて数日で動かせるようになるようなものか?
今はそれについて考えず、放置しているが…いずれ考える必要があるだろうな。

「…それにしても…妙なほど手に馴染む。これほど手に馴染むと、逆に怖いぐらいだな」

手に持った剣を軽く振る。
手に吸いつくようなほどしっかり握ることができるのだが…ここまで馴染むものか?
私が初めて鍬を振るった時はまったく手に合わず、掌がボロボロになってしまったものだ。
今回も同じ状況になるだろうと推測していたのだが…結果はまるで正反対だった。
まるで、身体が覚えていたかのように。

「――っと、もう太陽があんなところか。今日は終わるとしよう」

気がつけば太陽が傾き始めていた。
今日という日も終わるようだ。
やはり、一つの物事に気を注ぎ過ぎると時間の経過が早いな。

「…あまり遅くまで振っていては母上に心配されてしまうからな。さっさと引き上げるか」

剣を鞘にしまい、身体を簡単に拭く。
そして、忘れ物はないか周囲を確認し、家へと引き上げる。
道中、何人かの子供に話しかけられながら家への道を歩く。
そして、母上の手伝いを行い、明日使用する薪を家の隅へと運び、身体を休めるべく早めに寝る。
明日も平穏な一日を送れるように願いながら…。




「――等と考えたからこういった事態が発生するのだろうか…?」

「何か言いましたか!?」

「何も言っていない!気にせず前だけを見ていろ!!」

私の呟きに反応して振り返る少女に前を向くよう促す。
私の声に答えるように頷いた少女は再び前を向いて馬に指示を出す。
その様子を見つめつつ、私は大きくため息を吐いた。

突然だが、私は今、名も知らぬ少女と共に馬で大地を駆けている。
馬を操るのは例の少女で、私は少女の後ろに掴まっている。
しかし、よもや昨日の段階でこのような事態になるとは思いもよらなかった……。
何故このような事態に陥っているのか…それは、回想を見てもらえれば分かるだろう。




剣の鍛錬を行い、ゆっくりと身体を休めた次の日の暁の頃。
まだまだまどろみの中にいた私だった訳だが、突然、村全体に馬の嘶きが響き渡った。
慌てて外へ出てみれば、私と同じように飛び起きたであろう格好で村の中央の広場に集まる村人の姿が見える。
その中央には、汗だくの馬と同じく汗だくの少女の姿。
疲れているはずだが、少女はそのような素振りは見せず懸命に周りの村人へ訴えかけていた。
その集団に近づき、ようやく少女が叫んでいる内容が聞き取れるようになる。

「助けてください!私の、私の村が賊に襲われて!!このままじゃ、村の皆が…ッ!」

……慌てているせいか、かなり支離滅裂だったので全て理解できたとは思わないが、少女が叫んでいた内容を要約すると…。

まず、朝日が昇る前に、少女が住む村へ賊が押し寄せてきた。
次に、突然の出来事であったため、抵抗する間もなく村へ侵入された。
だが、少女の母の奮戦の甲斐もあって、賊は一時的に撤退し、少女が他の村へ助けを求める余裕が生まれた。
しかし、少女が救援を呼ぶため村を離れる際にいた村の戦力は僅か15人。
そして、撤退したとはいえ生き残った賊の数は50人以上いたらしい。

冷静に考えれば全く勝ち目はない。
少女の母と残る戦力がどれだけ戦えるのかが頼みの綱ではあるが…あまり言いたくないが、私たちが到着するまで生き残っている可能性は低い。

「…お願いします!どうか、どうか…っ!」

「しかしのぅ…」

「お前さんの村は遥か遠い。馬を限界まで走らせたとしても二刻はかかってしまう」

「それに、私たちの村には馬が一頭しかいない。残念だが…」

「そ、そんな……うっ、ぅうう…っ」

大人たちから告げられる無情なまでの宣告に、少女が崩れ落ちる。
可哀想だとは思う。
しかし、隣村を助けるために村を空けて、結果的に賊に襲われてしまった場合、今度は自分たちが絶望状態になってしまうからな…。
……それでも、見捨てるわけにもいかない。

「村長、私が行って参ります」

「…義封か。そういえば、最近のそなたは戦いに備えて鍛錬を重ねておったな」

「はい。このまま見過ごす訳にはいきません」

勝手な言葉だとは思うが、行かずにはいられない。
このまま見捨てれば、次は私たちにその運命が訪れるだろう。
もちろん、私一人が加わったところで大きく変わるものでもないとは思うが、それでも行かないのと比べれば明らかに大きな差となる。
しかし、そんな私の考えは村長その人の言葉によって粉砕される。

「……ならん」

「な、何故!?」

「そなたが加勢したところで、戦況が大きく変わるとは思えぬ。行ったところで無駄死にするのが関の山じゃ。…そなたはこの村の希望じゃ。だからこそ、無謀ともいえる死地に行かせたくはない」

「ですが!このまま隣村が壊滅すれば、次に狙われるのはこの村であることは間違いない!なればこそ、皆が力を合わせ、外憂を追い払うべきでしょう!!」

「だとしても、我らの村を危険に晒してまで他の村を救うほど、わしらは偽善者ではない。自分の身を優先するのは当然じゃ。そなたも、その若さで死に急ぐのは嫌じゃろうに」

「しかし!!」

助けぬに訳には――と、言葉を続けようとして村長の前に現れた人物を眼にして口を噤む。

「母上…」

それ以上続く言葉はない。
ただ、母上の眼をまっすぐ見つめる。

「…行ってきなさい。ただし、必ず生きて戻ってくるのですよ」

「はい、必ず」

母上に一つ頷き、すぐさま家へと向かうため、皆に背を向ける。
…本当は行かせたくはないだろう。
しかい、私にも引けぬ思いがある。

振り向きはしない。
振り向けば何かしらの情が浮かぶやもしれないから。
そこで留まれば、少女の村は…。

「向かう準備をしていてくれ。私もすぐに戻る」

「……はいっ!」

少女の返事を背中で聞きつつ走りだす。
何にせよ、家に置いたままの剣を持っていかねば話にならないからな。
…戦、か…。




――等といった様子で村を飛び出してきたのだが…思った以上に馬による移動は身体に負担がかかるものだな。
日頃から乗らないこの身には少々辛い。
出来ればそろそろ降りたいのだが…。

「あとどれくらいだ!」

「もうすぐです!」

その“もうすぐ”とやらを詳しく聞きたかったのだが…。
あまり良い返答が聞けなかったせいか、ため息が漏れた。

「――…!見えました!あそこですっ」

「――煙は立ち昇ってないし、怒声や悲鳴も聞こえてこない。最低限、今は襲われていないようだな」

「はいっ。ですが急ぎましょう!」

少女が馬に合図をかけ、さらに速度が増す。
それとともに、身体の上下運動が勢いを増し、負担がさらに大きくなる。
…村に帰ったら…乗馬の鍛錬も行うべきか…。

そうこう考えている内に、村が建物の細部まではっきりと見えるところまで近づいてきた。
多少、建物や村を覆うように張られた柵が破損しているが、目立った倒壊はない。
少女の話が全て本当だとは考えていなかったが…すごいな。
少女の母親が奮闘しているのだろう。

「おそらく戦える者はまだ中央の広場にいると思うので、このまま直接行きます!」

「見張りの姿が見えなかったが…本当に大丈夫か?」

「…多分」

「……心配していても仕方ない。すぐに行こう」

「もちろんですっ」

今の段階であれこれ考えていても仕方がない。
私たちを乗せた馬は村にどんどん近づき、何かに遮られることなく村中心部へと迫る。
すれ違いざまに家の中からこちらを覗く視線に気がついたが、今の私にできることはない。
そして、ようやく目的地と思われる場所が見えてきた。

「母上!ご無事ですか!?」

「士徽…」

目指した広場には数名の者が話し合っていた。
その内の一人が少女の声に反応して振り返った。
馬を下りた彼女はすぐに自身の声に反応した女性の下へ駆け寄った。

「申し訳ありません!母上のご期待に答えることができませんでした…。で、ですがっ、勇気ある方が少しでも力になれればと――「何故帰ってきたのですか!?」――は、母上…?」

「あなただけでも…あなただけでも生きてほしいと願ったからこそ!隣村への救援に行かせたというのに…何故……本当に、何故…」

「そ、そんな、母上…」

…親は子を想い、子は親を想い…。
ほんの少し…本当に、少しのすれ違いが起こした何とも言えない結末。
ただし――

「何故諦める、少女の母よ」

「…戦力差が大き過ぎるのよ。村を襲ってきた賊の半分は討ち取ったとはいえ、まだ40人近くはいるわ。それに引き換え、こちらは私と士徽を含めて僅か10人…しかも、ほとんどが先の戦闘で怪我しているわ。この状況で勝ち目など…」

「そこで諦めれば全てを奪われると理解してその言葉を発するのか?」

――…俺は何を言っている?

「…私や他の者たちは先の見えた歳。ここで死ぬのであれば運命だっただけ。しかし、士徽はまだ先がある。未来ある娘に生きて欲しいと願わない親がどこにいる!?」

「…その後、その娘に母と故郷が失われるという地獄を見せ、復讐の悪鬼とするのか?」

――…何故、このような言葉がすぐに口から出てくる?

「そ、そんなはずは…」

「元来、親の死を目の当たりにして復讐に走らぬ者は多くない。しかも、殺されたのが母親で賊相手とならば尚更な」

――…まるで、他に心当たりがあるような言葉。



俺は……俺は誰だ?




「真に子を思うのなら、最後という言葉を使うな」

「…ふふ、ふふふ。よもや、娘と同じ年頃の者に諭されるとは。…士徽、悪かったね」

「い、いえ!頭を上げてください母上!…私は気にしておりませぬ。次こそ母上と共に戦えるとなれば、力が溢れますっ」

「ふふ、嬉しい言葉を言うじゃないか」

ようやく親子が和解したな、よかったよかった。
ん、こちらを振り返ったがどうかしたのか?

「…私の名は徐真、字は公起。青年よ、遅くなってしまったが、名を教えてはくれまいか?」

…そういえば挨拶もなしに話していたな。
……ああ、少女の名も聞いてなかった気がするが…いつ聞くべきか。

「いえ、こちらこそ恐れ多き言葉の数々、お許しを。私の名は劉藍、字は義封。一人ではありますが、隣村の危機に救援として参りました」

「このような状況において、もはや数の問題ではありません。必要なのは心。生きることへの執念です」

「…先程、弱音を吐いていたとは思えぬ力強さですね」

「ふふふ。アレはアレ、今は今です」

「…はぁ」

何だろう、ものすごく疲れてしまった。
これから戦いだというのに…。

「す、すみません、劉藍殿。え、えっと、急ぎ足で参りました故、名乗っておりませんでしたが、私は徐栄、字は士徽と申します。一時ではありますが、故郷を救うためよろしくお願いしますっ」

「こちらこそ、よろしく頼みます徐栄殿」

徐栄殿とガッチリ握手を交わし、少女の母・徐真殿から先の戦闘の詳しい戦況と村の現状を聞く。
どうやら、百ほどの人数で奇襲されたもののほとんど被害はなかったらしい。
むろん、戦闘に参加した者たちは徐真殿を除き何らかの怪我を負ってしまったようだが。
不幸中の幸運と言うべき結果だな。

「それじゃ、着いて早々悪いけど、村の周りに柵を立てるのを手伝ってくれない?」

「勿論。材料はどちらに?」

「あそこに使われなくなった材木が集められているからそれを使っておくれ」

「分かりました。それでは、先に向かいます」

「士徽、あなたも行きなさい」

「はいっ、母上!」

この場に辿り着いてから半刻。
ようやくといえばようやくだが、まともな作業に移った。
賊は南より来たらしい。
そこで、必然的に柵は南側から設置することとなった。
なった…のだが…。

「……」

「……」

「……一つ聞いてもいいか、徐栄殿」

「……な、何かな、劉藍殿」

「……これは何だ?」

「……私に聞かれても…」

血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。

見渡す限り、大地は血塗られていた。
地面はえぐられ、ところどころ服の切れ端と思われる布が散乱していた。
この光景一つ見ても、激戦だったことが見て取れる。
しかし、これだけの状況で死体は一つも見当たらない。
村人たちが動かしたのか?

「…作業を始めよう。このまま茫然としていても無駄な時間の浪費だ」

「…そう、だね」

「……」

隣の徐栄殿の顔色は悪くなる一方だが、休ませておける時間はない。
一刻も早く柵を立てなければ…。




∽to be continue∽

   
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