第1話 〜新たな家族〜


「草鞋や筵はいかが〜。丈夫で長持ち、これさえあれば寒くないよ〜」

――幽州琢郡楼桑村
どちらかと言えば農村というべきこの村では、村人が住んでいると思われる家がポツリポツリと疎らに点在している。
その家々に面した大きめの道のすぐ脇で、一人の人物が座りながら物を売っていた。
売られている物と言えば、不揃いながらもしっかりと編みこまれた草鞋と、でこぼこしているが丈夫そうな筵の二種類のみ。
一体、どのような人物が売っているのかと問えば、桃色の髪を持つ若い女性の姿。
彼女の名は劉弘。
今は貧しき生活を垣間見せているが、生まれは中山靖王劉勝の血を受け継ぐ者である。

「草鞋や筵はいかが〜。…はぁ、今日もほとんど売れないわ。やはり、遠くまで足を運ばなければいけないのかしら。けど、あの子を家に置いて遠くまでは行けないし…」

数時間売り続けるも、ほとんど売れぬ様にため息をつく。
出来ることなら隣の村にまで足を延ばしたいと願っているが、彼女には生まれたばかりの娘がいる。
父親は娘が生まれた頃より体調を崩し、娘の世話がやっとの有様であった。
そんな夫も、娘が一歳になる直後に発生した病の影響を受け亡くなった。
故に、彼女は思うように村を出ることができなかったのである。

それでも、彼女は俯かない。
今は亡き母の言葉を覚えているから。

「『どんな時でも、諦めなければ道は開かれる』。そうよね、お母様…」

久しぶりに思い出す母の姿に涙が浮かぶ。
その涙を服の袖で拭くと空を眺め、夕暮れであることを確認し売り物を丁寧に包み、背負う。
家にいる我が娘の顔を思い浮かべ、その場から立ち去る。
…全く売れなかったことを思い出し、目から滝になったのは秘密である。




「……えっと…?」

歩くこと数分。
我が家が見えてきたと思えば、今朝家を出てきた時と比べ明らかに違う点がある。
はっきりと言えば、家の門の前に布の塊があるのだ。
しかも、時折もぞもぞと動いているのだ。
これを怪しいと言わず、何を怪しいと言うのだと言わんばかりの怪しさである。

「う〜ん。怖いけど…通らないと家に帰れないし…う〜」

少し…ほんの少しばかり震えながらゆっくりと家へと近づく。
そして、恐る恐る布の塊を覗き込む。
そこにいたのは…

「うわぁ、可愛い…」

こちらをジッと見つめる二つの瞳。
銀色と肌色の塊。
未知の生物――ではなく赤ん坊である。
見た限り、一歳にも満たない様子だ。

赤ん坊を抱き抱え、様子を窺う。
暴れることなく、ただただこちらを見つめるばかり。
赤ん坊としては異常だ。
そして、思うことは一つ。
何故、自分の家の前に置かれていたのかである。

見た限り、この赤ん坊は捨てられたのだろう。
でなければ、自分で言うのもアレであるがこのような辺鄙な農村に置かれる筈がない。
さて、見てしまった云々以前に、自分の家の前に捨てられていた以上、自分がどうにかしなければならないだろう。

「…うん、育てよう!少しぐらい辛くたって何とかなるよね!」

かくして劉弘は一人の赤ん坊を引き取ることとなる。
元々辛かった生活はさらに辛くなるのだが、劉弘は何一つ言うことなく笑顔で育て続けた。
その姿を見て、周りの村人たちも少しばかりではあるが草鞋や筵を買い、劉弘が遠くの村にまで足を延ばせるよう、子供たちの面倒を見るようになる。
そんな愛溢れる母と優しき隣人たちの甲斐もあり、二人はすくすくと成長していく。

甘えん坊でいつも笑顔を絶やさぬ長女であり姉の劉備と、そんな姉の後ろをついて歩き世話をする兄のような弟の劉藍。
そして、そんな二人を女手一つで育てる母の劉弘。
こんな生活でも、劉弘は二人の子供に囲まれて幸せそうに暮らすのであった。




しかし、彼女は知らない。
将来、二人の子供たちが己の理想を叶えるために名を挙げることを。
そしてその先、この大陸の未来を賭けて命懸けで戦うことを。

そして、彼女は知り得ない。
あの日、家の戸口で拾った赤ん坊がどこから来たのかを。
どこで生まれ、誰が家の前に置いて行ったのか。
それを知る日は…来ない。




∽to be continue∽

   
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